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Showing posts from September, 2005

わたくしにとっての適切な、方法

最近すっかり涼しく
秋の夜長。

普段は音楽を聴いたりする夜も
ここ最近は少しまた本を読むことが楽しく。

普段はPC画面を見ることが多く
それでは大変に疲れてしまい。
同じ活字でも
紙の上の文字は
温かくゆっくりだ。

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奇譚モノが好みなので
早速村上春樹の『東京奇譚』を読了。

「奇譚」
という語感から期待する私の基準には及ばず。
とはいえ、
奇譚感とは異なるところで読めることと相成り。

「奇譚」とは銘打ってはいないものの
その辺は、
敬愛する安部公房の作品に立ち戻ったり
あまり知られていないようだけれども
瀬下耽の怪奇美小説をひっぱり出したり。

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徹底的に現実的な日々の中で
どうロマンスをバランスしていくのか。

秋の夜長における
わたくしなりの
人生の’方法’。

preparation! preparation!

相変わらずGoogleMapで世界中を飛び回っておりますが、
Googleはクリンゴン語検索クエリにまで対応しようとしているんですね。

今のところ、地球の軌道圏外から検索クエリが送られてきたことはありませんが、万一に備えて Google では、クリンゴン語のインターフェイスに取り組んでいます。

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秋の訪れとともに
ミントの入浴剤がなくなりかけている。
そろそろラベンダーに切り替えよう。

石鹸も炭のものから
ミルクのものへ。

私の衣替えは
衣装だけに留まらず。

近距離のものから
少しずつ切り替える作業。

季節の変わり目は
ミクロチックに
何かと
忙しい
幸福。

LIVING for LIVING

ソファや
棚や
イスや
テーブル・・・

今欲しいものがたくさんあって困りながらも
連休中はインテリアショップ巡りが楽しかった。

今発売中のELLE DECOに



私好みの部屋を発見★

インド人アーティストのお部屋。
部屋自体は白い壁に白い床だけど
とてもカラフルポップなインテリア。
その色のチョイスや分量が
鮮やか且つ粋な感じで
いいなぁ~と思う。

秋の引越しをきっかけに
少しずつまた好きなものを集めたい。

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荻窪に住んでいる旧友と久しぶりに連休中に会う。
9月初旬の台風で
その方は床上浸水を体験。
やっと少し落ち着いたみたいだけれど
結構精神的ダメージがあったらしい・・・

今住んでいる世田谷の部屋の前に
ずっと荻窪に住んでいた私としては
人ごとではなく。

夜、一人でそんな災害に見舞われたら
とても怖くて不安になると思う。
そんな中で、近所の人とのコミュニケーションや
心配して連絡をしてくれた人たちの温かさが
身に沁みた、とその人は言う。

話を聴きながら
本当にそうだろうなぁ、
人の温かさは必要だなぁ、
と私もシミジミしちゃった。

とにかく無事で何より。

walking along my tracks makes me a little lonesome

秋になると思い出すことがある。
キャンパスの木々が紅く染まった頃に聴いた
マルティヌーのピアノ五重奏曲第2番のことを。

その前からも音楽は大好きだったけれど
この曲を聴いて初めて音楽に泣いた。
さほどメローな旋律ではないし
その時期悲しい思い出があったわけでもなく
ただ、
音の流れと私の心の流れが
反応してしまったような、
そんな出来事。

センチメンタルな感情は全くなく
単なる高揚感だったと思う。
否、至高感、といったほうがいいような気もする。
いずれにしても、私はマルティヌー作曲のCDを買い集め
上野の音楽資料室にいって難しい楽譜を眺め
そういった足どりの積み重ねで
私の美学の礎が形成されていった、と思う。

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小学生の頃、ピアノの先生に
「あなたはサティとか好きなんじゃないかしら」と、
エリック・サティの音楽が入ったテープをもらったり
レッスンの課題曲にしてもらった。

サティは面白かった。
シンプルでお茶目な音楽で難しいところがなかったから。
サティはフランスの作曲家だったので
「きっと私はフランス系の音楽が好きなのかしら」
と思いながら中学に入り
ラベルとかドビュッシーとかフランスの作曲家に
興味を持ち始めて追ってみたり。

当然その先にはフランス六人組という、
一風変わった作曲家集団の存在があって
私は六人組に夢中になった。
六人組の音楽だけでなくモンパルナスに集まる
キキやマン・レイ、マルセル・デュシャン、そしてジャンコクトー
といった奇妙で素敵なアートの息吹も知ることができた。

私がまだセーラー服を着ていた頃、
池袋西武の一番上に
「スタジオ200」
という実験的なスペースがあり
マン・レイや、デュシャン、ルネ・クレールの
サイレント映画会をたまに上映していた。
上映時期には何度も足を運んだ。
小難しいことはよくわからなかったけれど
何よりモデルのキキが素敵だったし
ピカビアの美術装置も愛嬌があってユニークだった。

そんな風だったので私は周りの学友とはちょっと話が合わず、
でも、異端の立ち位置というのも余り好みでもないので
傍らでニューウェーブとかニューロマンティック系の音楽なども
サラリと聴きながら周りと話しをあわせていたこともあった。

そういう風に「合わせよう」と意識的に聴いていた音楽からでも
結局はアインシュテュルツェンデ・ノイバウデンとか
ホルガー・ヒラーとか
そういうジャーマン・ニューウェイブ/ノイズの方向に首を突っ込んだり。

そんなわけで、
自分の…

向こう側へ

子供たちと接していて思うのが
「いつも一生懸命」
ということ。

そりゃぁ周りの状況とか考えないし
欲望の赴くまま
自分本位だけど
でも、
いつも精一杯。

そこに存在するだけでいい存在。

私は一体
次世代へ
何を伝えられるのだろう?

遂にスカイプを体験 (・O・)¥

今注目のP to Pシステム無料インターネットテレフォニー その名も "スカイプ"--環境としては十分すぎるほど十分な ■コンデンサーマイク      ■オーディオインターフェース(マイクプリ付)

などが私のPCに繋がれてはいて。
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ちょっとした感動ね。

私の場合、この環境での通話は あたかもスタジオコンソールとヴォーカルブースをつなぐキューマイクのような感覚で会話をしてしまうという・・・

あ、こんな感じね↓

special thanks;  NYORO-NYOROもうなんだかすっごく面白いわ。大体、話ししながらチャットってどうなの?チャット自体、私はこれまで未経験でいきなりこのダブルアプローチで。きっと他人とは違うスタンダードをもちえてしまったかと。
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ほんと、世の中便利になったものね(遠い目)。
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割と大きめなmp3ファイルを友達と交換しながら
■当然そのmp3を聴き、■会話しつつも、■チャット。□オプションとして長州小力のネタ動画とか見ちゃったり・・・
この先には多分WEBカメラとかあるんでしょうけどそれは無いなぁ~(断言)。だってこんな姿、見せたくなんか、絶対ない!

煩悩也

ファーストフードはほとんど食べません。、
しかし、今日はマクドナルドに行きました。

その前日の夜、村上春樹の「パン屋再襲撃」を読んだ後、
ふと、マクドナルドに行ってみよう、と思いたって・・・

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あの短編小説の最後。
思わず目を背けたくてパタンと本を閉じた。

「あぁ、切ない。」

私が一番持ちたくない感情を主人公の奥さんはもっていて、
その厄介な感情を"コントロールしなければ"と、
素直に表すことのない行動としてキッパリと実行してしまう。

「あぁ、切ない。」

主人公はその行動の顛末を彼なりに解釈したところで完。
どちらかといえばハッピーな方向にこれから二人は向かう感じだけど
主人公の男が最後の淡々と自分なりの解釈をした所についても 

「あぁ、切ない。」

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呪いを禊、
頑張って'塗り替えよう'としている女が、
これまた滑稽で。
でも、馬鹿にはできないなぁ、とも思った。

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彼女は断言した、「もう一度パン屋を襲うのよ」。学生時代、パン屋を襲撃したあの夜以来、彼にかけられた呪いをとくための、このたくらみの結果は…。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167502011/250-8293426-7393825

悩ましき哉

昼間、サラボーンが歌う「ブリッジズ」がラジオから流れていた。
私も大好きなブラジル曲だけど
ブラック&フェイクな歌いっぷりは
私には合わないと痛感。

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ここ最近、数年続いている歌のスタイルと格闘。
自分の中で、「これは自分の核でしょ」という部分は残しながら
音として深く折々されている方向に向かいたくて。

それがどんな音なのか、
自分の中ではなんとなくイメージしながらも
自らの体を駆使してその幻想音をどう出していくのか・・・

それはそれは楽しくも悩ましい世界。

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そんな丸っきり一人の世界でさらに痛切に感じることとは-
私はやっぱりダイナミックウェーブ的なふり幅ではなく
ミクロフォーカス的な着眼ならぬ’着耳’の中で
分からぬような分かるような幅を
あぁでもない、こうでもないと
行ったり来たりしているのが好きなのだなぁ、と、、、

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スクエアな世界を突き詰めた結果、
いかに美しい湾曲モアレを描くことができるのか。
端正と滑稽のバランス。

個人的な一枚

大概の場合、音楽を聴くときは
音そのものを聴く姿勢が
私には一番フィットするのですが
時には個人的な思いがある一枚というのも
ありまして。

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eureka!の前身ともいえるジャズサンババンドに誘われて
突然歌を歌うことになったとき、
よく聴いていたのが


"LIVE AT THE MOJO CLUB/Joyce"

1995年からずっと聴き続けている一枚。
ドイツはmojoclubでのライブ盤ですが
編成も選曲も私の好みですし
何より10年ほど前は恥ずかしながら
「JOYCEみたいに歌えたらなぁ~」
なんて思っていたし。

今でも行き詰ったときに聴く一枚でもあって、
淡々と静かに回復したいときはジュリー・ロンドン、
半ばヤケッパチになりそうなときはこのジョイスライブ盤を聴く。

理由はよくわからないけれど
そうするとなんだか不思議と元気になる。

仮想水泳

私の大切なお友達のお父様が
わざわざ私の為に書いてくれたという
とても素敵な「書」を頂きました。

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書道は昔から嫌いではなく
否、むしろ好き。
もう少し大人になったら
書道をやりたい、
とも薄々思っていたり。

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自分の名前を書いていただいたのですけれど-

墨の濃淡や
文字のバランスがとても私の気に入るところで。
黒と白の間合いが
ほんの少し力強く
すっきりと
柔らかく。

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私はそのお父様とは面識がなく
しかし私の歌声だけは先方が知っているという状況の中、
その作品を見る私のトキの中では、

どんな瞬間瞬間の中で筆を走らせてくれたのか・・・
私の声を書にするとこんな感じなのかしら、とか・・・

一枚の半紙と筆運びの上
あちら側とこちら側で
思・考・感が自由に行き来する。

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音楽もそうね。
音楽は視覚的イメージがない分
行き来する領域が広い。
言語がないインストについてはもっと広い。
お互いに縦横無尽に拡がることができる。

時として、あるいは人により、
少々の限定感の中で
自由に振舞うことが心地よい場合もある。

オプションはいくらあってもいい。
広く大きな海の中で
何が気持ちよくて
何が気持ちよくないのか。
自らの感覚を信じて
泳ぐ。

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そう、文字がスゥーっと流れる雰囲気から
「ふふ、私、白い海で泳いでるみたいね。」
そんな風に楽しんでいたり。

そして何よりも
お二人のお心遣いに
感激している次第でございます。

どうもありがとう。